訪問記 No.5

訪問記 No.5

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訪問日 02/11/9−10

訪問先。肥薩・吉都・日豊・宮崎空港線。

1.計画

博多駅から、「ドリームつばめ」で西鹿児島駅へ、隼人駅と肥薩線の吉松駅以南の未訪問3駅、吉都線を回って都城で泊まる。10日(日)は日豊線の都城−国分をまわり、時間があれば、日豊線を宮崎駅方面に向うつもりだ。
今回は、旧・鹿児島本線の肥薩線と旧・日豊本線の吉都線に乗る。既訪問の肥薩線の大隅横川駅のような風格のある駅を期待している。駅舎だけでなく、構内も含めてである。

2.第一日(02年11月9日)

博多駅は風が強い。そのため、鹿児島本線はダイヤが大幅に乱れている。改札内の待合室は狭くて全席に人が座っている。やむなく待っているホームは吹きさらしだ。定刻になっても、普通電車が「ドリームつばめ」の発車するホームに止まっている。自由席の人は並んで待っているが、夜行列車ということでグリーン車を奮発した私は並んでいる必要がない。でも、寒い。
熊本方面から到着する遅れているつばめから深夜だというのに、女性客室乗務員が降りてくる。美人が多い。疲れているだろうが、制服を着ているので疲れは顔には出してはいない。
結局、「ドリームつばめ」は定刻より42分遅れの0時48分に発車する。目が覚めて時計を見ると2時54分で、駅に停車中だ。駅名標には八代と書かれており、遅れは取り戻している。
次に、目が覚めたのは伊集院駅で、定刻に西鹿児島駅に着く。
西鹿児島駅では地面が濡れているので、念のために天気予報を電話で聞く。午後から晴れるとのことで、一安心だ。
きりしま2号で隼人駅に向う。喫煙車(一部が自由席、一部が指定席)、禁煙席(自由席)、禁煙席(指定席)というわずか3輌の編成である。禁煙の自由席は1/10くらいの乗車率か。西鹿児島駅は新幹線を想定した立派な駅になっているが、次の鹿児島駅はみすぼらしい。でも、乗車する人はそれなりにいて、地元の人同士が、自宅が西鹿児島駅と鹿児島駅のどちらに近いなどという話をしている。
隼人駅で下車する。日豊本線の遅れの影響で吉松行きは3分遅れで発車し肥薩線に入る。表木山駅・日当山駅と回る。表木山駅では話し好きのおばさんと出会い、熱中してもう少しでカメラを忘れるところだった。かつては、駅員が6名いて、近くには駅長官舎もあったとのこと。日当山駅は5月から駅近くでほたるが楽しめるとの案内板がある。鹿児島空港の着陸進入路のほぼ真下にあり、離島便が多いせいか、小型機も含めてかなりの頻度で離着陸する。少しうるさいが、乗り物と思えばいろんな形があって面白い。
日当山駅から吉松経由の都城行きに乗り、吉松駅では6分の停車時間なので、訪問駅とする。えびの飯野駅から基本的には下り勾配であるが逆風で体力を使いながら自転車で鶴丸駅まで戻る。途中のえびの上江駅には鳥居型の駅名標がなかった。えびの駅は市の中心でありながら、無人駅である。ただ、ホームの幅は広く行き違いの有効長も長い。単なるローカル線の駅ではない。鶴丸駅から西小林駅まで列車で移動する。
西小林駅からは基本的に下り勾配で追い風となって日向前田駅に向う。楽々と自転車が動く。が、1kmくらいのところでトラブルが起こる。パンクだ。パンクの修理をして、時間をロスする。小林駅を過ぎたところで再度パンク。今日中に吉都線を回りきるのは絶望になった。広原駅まで徒歩で移動し、あとは、万ヶ塚駅、東高崎駅の2駅を列車で移動し、都城駅前のビジネスホテルで泊まる。一階がコンビニになっていて、宿泊者には300円のコンビニ利用券と朝食券をくれる。

3.第ニ日(02年11月10日)

パンクした自転車を宿泊したホテルに預けて、吉都線の残りをまわる。都城駅5時47分発の吉松行きに乗車する。乗客は私一人である。東高崎駅でもう一人乗車するが、私と同じの日向前田駅で下車する。ワンマン運転手は無人の車内に向けて「発車します」の放送を行う。日向庄内駅から谷頭駅までは徒歩移動となった。谷頭駅には駅舎はないが、一時期終着駅だったこともあり、構内は往年の大きな駅を感じさせる。なぜか、線路のないところに架線が張ってあって、私には目的が解らなかった。
9時50分に都城駅に戻り、預けた自転車を受け取る。西都城駅まで普通列車で行く。
西都城駅は、このあたりでは珍しい高架ホームの駅だが、手入れは行き届いているとはいえない。1987年までは志布志線が分かれていた駅である。駅名標は隣の「いままち」の文字が削り取られていて、斜めからだとはっきり見える。起点を示す0km0mのペイントもホームの下に残っている。きりしま3号で国分駅に向う。分岐跡を確かめたいので、左側に座る。高架の途中で分岐していく廃線跡がよくわかる。大淀川を渡る鉄橋も残っている。
財部駅を過ぎると山間部になり、1932年にやっと開通した大隅大川原−霧島神宮は地形の厳しい区間で、北永野田駅を過ぎると下り勾配になり、国分駅で降車する。7分の待ち合わせで普通列車で五十市駅へ、下り列車で財部駅へ、上り列車で餅原駅へ、下り列車で三股駅へと行ったりきたりする。餅原駅前には碑があり、1965年に300万円の工費で建築したと記されている。南宮崎駅からは、人身事故の影響で30分遅れの15時50分着となった「にちりん5号」で宮崎空港駅に到着する。私は時間に余裕があったからよかったが、数人のビジネスマンらしき人は駆けていった。
宮崎−宮崎空港間は特急券なしで特急に乗れる、JRでは石勝線と二ヶ所しかない区間である。普通列車もあるのだが、あえて、特急にした。(12月1日より、蟹田−木古内間も普通乗車券だけで乗車できるようになりました。)
宮崎空港線はJRでは唯一の未乗車区間であったが、乗車区間になった。私は、貨物線などの利用による短絡線には乗っていない線があっても、JTBの時刻表に明示されていない限り、乗っていなくてもかまわないとしている。単に、この点では、こだわりがないだけなのだ。
宮崎空港駅は橋上駅で、階段を下りるとすぐ出発ロビーだ。市内から空港までバスというのが多いが、鉄道で行けるのは便利でよろしい。特に、私みたいにぎりぎりまで駅訪問していたい人にとっては好都合だ。でも、JR等の遅れが原因のとき飛行機は待っててくれないから、少しは余裕を持っていくようにしている。空港では、夕食には少し早いが、鯖すしを買って食べた。

今回の成果は27駅、通算8130駅の訪問(訪問後の廃止駅を含む。)で、残りは1547駅(旅客扱いせず、徒歩で簡単に訪問できない駅は除く)となった。